スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

eighter その2

2008年03月28日 09:42

先日の同タイトルの記事にコメントを寄せて頂いて、また私も再度考えさせられ、それについて書いておきたくて、新しい記事を書きました。
コメントを寄せていただいた皆様、ありがとうございます。
少し引用させて頂く事になりますが、ご了承下さい。

まず、インターネット、web、というこの世界について。
いろいろな情報を共有することができ、尚且つ、その情報に対してのいろいろな意見を見ることができる。
それが関ジャニ∞の出演番組なのか、はたまたライブ会場の座席表なのか、コンサートレポートなのか、いろいろありますけど、とにかく自分の得たいと思った情報を、本等を調べるまでもなく、会場等に出向くまでもなく、知ることができる。
便利な世界だなぁ、素直に思います。
でもこの世界というのは、私もそうですけど、情報を得るだけでなく、情報や意見を発信することも可能です。
しかも意見を発信する側は、意見を聞く側を直接話すよりは意識せずにすむので、割と本音を書くことができる。
普段は周りの人に言えないことでも、顔も知らない誰かに見られること、自分が誰だか、どんな人だか分からない人に見られることは、躊躇なくできてしまうんですよね。
かく言う私もそうですし。
…そこに魔物が潜んでいる、わけですよ。

…なんて表現、少し笑い話のようになってしまいますが(笑)
ともかく、このwebの世界というのは、社会的にも問題になることが多々出てきていますが、便利な反面、「顔が見えないこと」での問題というのが、さまざまあるわけです。

そんな中、先日の記事『eighter』に書いたようなことも、当然起きていくわけです。
先日から書いている通り、生まれてきた環境も、育ってきた環境も、今いる環境も、全ての人が違うわけですから、感じ方も考え方も違います。
だから、コメントを寄せてくださったみちさんの仰るように「実際に、ぶつかり合ったり、けなしあったりするのは、当たり前」なのかもしれません。
それに自分の好きな人がこうであってほしい、という願望というか、希望というか、そういうものは、きっとその人を好きであれば好きであるほど、もっているものだと思います。
好きな人がその願望通りにならないことも分かっていながら、です。
それを違えてしまえば、「そんなことないのに!」と反論したくなる気持ちも、私には分かります。
それに。
ファン暦が長い、ということは、それだけその対象を長い間見続けてきて、そして、それだけ長い間「こうあってほしい」という願望ができあがっている、ということです。
そこには愛情があるが故、「最近になって知ったのに、最近になってファンになったくせに、そんな人にわかるわけがない」と思ってしまう気持ちがあることも、私には理解できてしまうのです。
特に、私は「貶し愛」と呼んでいるのですが、批判を持って愛情を示す人たちの言葉は、いろいろ誤解されがちで、自分は愛情をもっているからこそ、「こうあってほしい」ということを批判で伝えているのに、他からみれば、それは批判でしかない、ということはよくあることです。
そう、スミレママさんが書いている通り「たまたま見たブログにメンバーの一人の事を、好きだからこそ少しきつく書いた文章がありました。コメントに「悪く書かないで」書いた方も「そんなつもりはなかった。ごめんなさい」とありました…私がその文章を読んだ時は、そんなにきつい事を言ってるように感じなかったのですが」というようなことですね。
全てはそこに、同じ対象を見ていても、感じ方も考え方も違うから、というものがあるんですけど。

こういう風に書いてしまうと、じゃあ、先日の記事に書いたようなことは、理想じゃないか、と思われる方もいらっしゃるのかもしれませんね。
そうですね、私の言っていることは理想なのかもしれません。
でも、その理想を理想で終わらせたくないな、と私は思います。
これからも、インターネット社会は発達していくわけですから。
私は、ネット社会が発達して、傷つけられたから傷つけていい、なんていうことが広まってはほしくないです。
人と関わる仕事をしているからでしょうか。
どんな形であれ、人と人が傷つけあうのは、いい気持ちもしないですし、できれば全てなくなればいいのに、とも思います。

では、私は具体的に、このブログをどう考えていて、これからどうしたいか、ということなんですけど。
私はこのブログを「関ジャニ∞」に出会えてよかった、ということを伝えられるブログにしたい、と思います。
私自身、関ジャニ∞という対象を応援している自分が好きです。
彼らのファンでよかったと、胸を張っていえる、そんな自分が好きです。
(実際、ジャニーズファンというのはまだ世の中には偏見を持つ人もいるでしょうが、私は周りの人にもジャニーズファンで、関ジャニ∞のファンだ、ということは、躊躇なく伝えています)
彼らの言葉に影響されて、ヘコんだり、元気になったりする、そんな自分が好きです。
だから、そんな気持ちが伝えられるものにしていきたいな、と思います。
…もう大分前になるのですが、関ジャニ∞のこともよく取り上げてくださる、『ヒット曲が世界を変える』という伊藤悟さんのブログの中のひとつの記事『「好きなものは好き」と言えるブログ』という記事を読んで、共感しました。
だから、私の記事だけでなく、訪れてくださる方も、「好きなものは好き」といえるようなブログにしたいな、とも思います。
コメントを寄せてくださった、YUIさん(13歳!素晴らしい!少なくとも私は、この時期にこんな風に人に伝えられる言葉を扱うことはできなかったし、こういう考え方を持っていなかったと思います)が仰った「自分の顔がわからないからいいのではなく、むしろわからないから、正直にエイトのことで話し合えたり、深刻な事でも、きちんと、ふざける事なく言い合えるのです。私は、こんな良い関係を築く為に、こういうブログやファンサイトがあるのでは、と思います。」というのにも共感しましたし、このブログもそうでありたい、と思いました。

それから。
私はすばるさんがくれた『eighter』という名に恥じない、関ジャニ∞のファンでありたい、eighterでありたい、と思います。
関ジャニ∞は、すばるさんは、私たちに「ともにあること」をこの言葉を使って教えてくれました。
どんなに物理的距離があっても、いつも「ともにあること」を。
一見、面白おかしくしているだけのような、「∞レンジャー」のコントにも、勇気をもつことの大切さだったり、仲間を思うことの大切さだったり、そういう教えが転がっていて。
彼らの発する言葉には、私が生きている時間の中では、ほんの少しの時間、ファンになってこの短い期間に、大切にしたい言葉がいくつも、幾つもあったのです。
そんな風に大切なものをたくさん教えてくれた、『関ジャニ∞』を軸にして、争いあったり、傷つけあったり、そんなことはしたくないな、と思います。
関ジャニ∞のメンバーが悲しむようなeighterにはなりたくないし、人の迷惑や人の心をみようとしない、eighterにもなりたくない。
『eighterと称するやつらは、なんて馬鹿なことをするやつらなんだ』
とは、絶対に言われたくない。
自分は『eighter』なんだ、と関ジャニ∞に伝えても、恥ずかしくないような人間でいたいですよね。


これからの私の課題は、文章を読む力と書く力、両方をもっと身につけることなんだと思います。
それは、このブログだけに限らないんですけどね。
周りに「伝える」ということの難しさは、きっと死ぬまでついて回ることなんでしょうけど(苦笑)
これからも関ジャニ∞に触れて、いろんなことを感じる中で、人としての自分を成長させれたらな、と思います。

あぁ、やっぱりこうして書いていても、文章ってのは難しい、ってのが結論に至ってしまいますけど(苦笑)
自分の糧になるのには間違いないでしょう、これは。
これからも、雑誌やテレビを見て、バカな感想を書きつつ、こうして、真面目な話もできればいいなぁ、と思います。


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://nakaharaatsumi.blog82.fc2.com/tb.php/46-9c67f798
    この記事へのトラックバック


    ENTRY


    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。