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わかっているけど許せない理由ってこういうことよね。

2011年07月27日 01:41

今日、仕事から帰ってきてご飯すら満足に食べないで寝ちゃったなかはらさんですけどもー(爆)
いや、眠たい欲求に全然勝てないのは久々でした。
どっちかっていうといつもは眠れない体質なので(苦笑)


さてさて、相変わらず関ジャニ∞さんは毎日毎日話題にことかきませんねー。
めざましテレビでふいうちに『ツブサニコイ』のPVが流れたり、ハイチュウ新CMだったり。
『ツブサニコイ』自分で確保できたわけじゃなくて、流れてくる情報写真をちらりと見ただけなんですけど結局(爆)
朝からヨコが黄色のスーツを着ていることに激しく萌えてしまった(笑)←よっぽどヨコリョが好きらしい(笑)
でも亮ちゃんが緑でおーくらが黒?ってなカンジで、三角関係状態ですけども(笑)
今日のトラスト観劇の亮ちゃんはどうやら号泣だった?みたいな情報が流れてきたり。
亮ちゃんってはホントにしょーちゃん大好きだよね、って思ったり(笑)←いや、純粋に作品がよかった、ってのもあるんだろうけど、しょーちゃん好きvっていうのは影響してるんじゃなかろうか、って勝手に思ってる(爆)

毎日毎日いろんなことがあって、それを全部見れないのがしょっちゅうになってきましたけど、見れなかったから、録画できていなかったから、っていうことを、その時は「あーしまったー」って思うんですけど、結局「ま、いっか」とか思ってるあたりが、なかはらさんの最近。
いいんだか悪いんだか、貪欲さが今は欠けてる気がします(笑)
いい風に言うとそれだけ「関ジャニ∞不足」にならない環境なんだろうな、って思うわけですよ。
これがね、本人たちも言う「殆どテレビに出てない」時代のときだったら、激しく後悔してたよーな気がするんですよね。
このブログにもいくつかあるんですけど、それこそ『Mステ』や『堂本兄弟』、『HEY!HEY!HEY!』や『うたばん』に出演しますよー!って時はもう何日も前からお祭り騒ぎだった気がするんですけどねー(笑)
それ以上に「全国ネットノバラエティーに出演」とかなると、もっともっと大騒ぎだった気がするんですけどね(笑)
いや、今だって「凄い楽しみ♪」なことには変わりないし、そういう番組を万が一でも見逃したり撮り逃がしたり
しようもんなら後悔しますけど、今WSの映像を絶対見ないと!とかっていう感じはなかはらの中にないのは、そういう番組に出演することが「珍しいこと」ではなくなってきつつあって、情報もたくさん入ってくる環境にあるからだろうなぁと思ったりはします。
関ジャニ∞人気があがってきてるのと、情報ツールの発達が同時にやってきた!みたいな(笑)
これから8周年にむけて益々そうなっていくんだろーかと思うと、ちょっとワクワクしたりしますけど。






さてさて、続きにこの間の続き?の話。














えっとね、2つ前の記事の努力云々の話にちらほらコメントを頂いているのですよ、ありがとうございます。
んで、ちらほらあるコメントの中に「そういう人だと思ったらいいんじゃないですか?」ってのがあったんですけどね。
うん、ベースは「あの人はそういう人」っていうのがあって、ってのは前提ですよー。
なかはらさんもそこまで鬼じゃないので(笑)生きてきた環境とかが違ってくれば考え方もこれからの生き方も違うのは重々承知していますから。
じゃぁなんで「違うんじゃないの?」って言うかって言ったら。
ブログなり何なりで「どうしたらいいのかな?」って言うからですよ(爆)
個人的に相談ごとをしているのならまだしも、「ブログ」という公の場所で自分が悩んでいることを書いている。
それに対していろんな意見がくるのは当たり前で、でも「そんな風に言われても、私は何もできないんで」とか「できる人からすると私の気持ちはわからないでしょうが」とかって返しちゃうことが「違うんじゃないの?」なんです。
あともうひとつ挙げるとしたら、「私はもっとポジティブに生きていきたい」っていう理想があったりとかするのか、他人を「羨ましい」と妬むからですよ。
「うらやましい」と思うなら、努力はしないとその人のようにはなれないし、本当になりたいと思うのならアドバイスを聞いて努力をしないと自分は変われないじゃないですか?
羨ましいということをつらつら言ってても変わらないのに、変われないのは育ってきた環境のせいってのは違うでしょうよ、とどうしても思ってしまいます。
どうやら伝わりにくかった様子なので書いてみましたが(笑)
うん、話を混在して書きすぎたな、ってちょっと反省したりしてるんですけど。

「ブログ」は自分の自由な思いを書くところです、確かに。
だけどその分「公」なわけで、いろんな生き方や考え方をしている人がいるのは当たり前で。
記事に対していろんな意見がでるのは当たり前で。
それを覚悟した上で自分の思いを書くものだと思うんですよ。
そのいろんな意見を一度は自分の中に取り入れる「覚悟」をね。
その意見を一度は自分の中に受け入れて「やっぱりこれは自分にはあわない」と思うのか「こういうところは見習わないといけない」と思うのかはその意見次第だとは思いますけど、「できる人にはわからない」から「自分はこうやって生きていく」のであれば、何もブログに書く必要はないじゃないの、って思っちゃう(爆)
「ありがとう」と「ごめんなさい」を同時にいえなきゃいけない、っていう風に前の記事には書いているんですけど、ええ「受け入れる」っていう覚悟がないことを「公」にはするもんじゃないよな、って。

更にもうひとつ言うのなら、その「公」の記事を読んだ、周りのその人を大切に思っている人たちは、どうにかしてその人に笑ってほしい、と心配して励まして、心を砕くわけです。
そういう人たちに対して「私の気持ちなんてわからないでしょ」って言う、その行為がどれだけ他人の心を踏みにじっているのか、っていうのは理解するべきことだと思うし、理解して欲しいとどうしても思ってしまうから。
努力なしで何でもできる人間なんて、ほんのわずかな人たちなわけで。
世の中の「天才」と言われている人たちも、まったく努力をしないというわけじゃないわけで。
「そうなりたい」という理想に向かって前へ進む努力をするわけで。
それがしんどいのも辛いのもわかるけど、だからと言って周りの心配している人たちに「わたしのことをわかってもらえない」と言うのは違うじゃないか、と。
周りの人たちはあなたの気持ちをわかってあげようといろいろ考えて紡ぎだした言葉なわけですよ。
たまには自分にとって凄く「イタイ」「辛辣」な意見もあるでしょうけど、「あなたみたいにはなれないんだから」って言っちゃうのであれば、受け入れられないのであれば、人を傷つけるだけだと思うから。

うん、まぁでも正直、前の記事にも書きましたけど、前に進もうとしない人はなかはらは苦手です。
だからお互い傷つかないためにも、距離をおくべきなんですよ。
ただ、距離をおいてくれない人がいたりもするんですけどね(苦笑)
「なんか最近かまってくれなくなったんですけど、何か嫌なことをしましたか?」とか言われちゃう(爆)
それが「なかはらはずっと苦い思いをしてたよ」って人だったりすると、「ずっと嫌だったよ」っていってやろうかと思っちゃう(爆)←実際にいうことはありませんけど。
あと人によっては「一度の失敗であなたは私を否定するんですね」とか「なかはらさんみたいな人にはできない人の気持ちはわからないでしょうけど」っていう言葉がついてくる(笑)
正直「あーっ、めんどうだなーっ」って思っちゃう(苦笑)
お願いだから傷つけないうちに距離をおかしてくれよ、って。
もう十分傷ついてますけど、っていう相手方がいるのかもしれないですけど(爆)

さ、楽しいこと考えたいので、これで終わりー(笑)


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