今だから思う、関ジャニ∞の関係

2016年03月31日 17:16

さて。
久々にブログですよ←(笑)
なんかね、何かを言葉にしなきゃいけない、と思ってずっともやもやしてる感じだったんですけど、そう思いながらも書いてみようか、ってなったんですよね。
昨日の夜から惜しむように見ていた「ヨコヒナ・ニコイチ」の映像を見てて、そう思ったんです。
今、書きだした段階では、まだ村上さんのヒルナンデス卒業回は見ていませんが、きっと書き終わるまでには1度見ると思います。
なので、「一貫した思い」をこの場に綴るって感じじゃないかもしれません。
でも、できるだけ、自分が感じたこの思いを書いてみようと思いました。
…レコメンとヒルナンデス、って、私の中では「いつかそういうこともあること」と覚悟していた案件なのに、やっぱり大きな事だったのかもしれません。
まずは、三馬鹿、からみていくかなーと。


最初、ジュニアの頃、まだ関西のテレビにしか出ていなかったような時。
私の中では、ヨコ、ヒナ、そしてすばるさんの3人は、キレイな三角形ではありませんでした。
というか、三角形になる要素すらなかった(笑)
横山さんと村上さんはクリスマスに出会った運命の人たち(笑)、なんて要素は、少なくとも私の記憶の中ではその頃にはなかったのですよ。
ジュニアのお兄さん組と仲間を成していた横山さん、まだ入ってきたばかりで近所のお友達同士の雰囲気もあんまりなくて緊張しあっていた村上さんとすばるさん。
そこから徐々にすばるさんと村上さんが仲良くなっていく中、ずっと横山さんってそこにはいなかったなぁ、って。
関ジュのお兄さんたちが少しずついなくなっていく中で、横山さんって、誰によっていくわけでもなかったし、村上さんとかすばるさんとかそこと仲間になりたい!みたいなこともなかったように思います。
それが、どういうきっかけで「三角形」になることになったのか、正直私は思い出せません。
というか、東京のテレビに出るようになってしばらくしたら、「3人でひとつ」で売られるようになっていた、んですよね。
関西の代表、関西からおもろいことする子、うるさいコたちが出てきましたでー!みたいな←
うーん、イメージとしては三角形というか、横並びでばばん!と出てきましたよ、みたいなところはありましたね。
誰に優劣があるわけでもなく、よーいどん!って関西から走って出てきた、みたいな。
番組を行っていく中で、誰かが目立ってその後ろに2人が控えてて、みたいなポジションの変わる三角形が少しずつ出来上がっていってたのかなぁくらいで。
それがしばらくすると、すばるさんの「歌唱力」が評価されるようになってきて、すばるさんをてっぺんに置いた三角形が出来上がってきて。
横山さんと村上さんは、しばらくそこからすばるさんを支える(というと語弊があるので違う書き方をしたいのだけど、それをうまくは表現できないのでこのままいきます)「2人でひとつ」のセット売りになっていったように思います。
…3人は出会うべくして出会ったのかもしれない、けど、初期の頃の3人の関係性ってのは、たぶん、事務所がどうこのこたちを売っていきたいのか、っていう方針の元成り立っていった関係だったんじゃないかなぁ、って今は思います。
こんなこというと夢はないけど、お仕事のために成り立っていった関係

それがいつからか、人と人を支える関係になっていったんですよね。
いつからか、なんて書き方をしてますが、ま、きっかけはみんながくさった(苦笑)あの時期ですよね。
お仕事のために作られた関係、でも、今の自分の気持ちをぶつけあったり分かり合ったりできる中で、ひとことでビジネスパートナーと片付けられるだけの関係じゃなくなった(と思っている)あの時期。
むかーし私は「関係論」と称して、ヨコヒナ、ヨコスバ、ヒナスバ、と3つの関係性を書きましたが、あそこに書かれているように、いろんなことを乗り越えて(だいぶ略したけど)関係性ができあがってきて。
関ジャニ∞が出来上がって、「大きくならなきゃ」って思って。
…ヨコとヒナはすばるさんを支える二等辺三角形の底辺にもなろうとして、でも、関ジャニ∞を支える底辺でもあろうとして。
その方法は2人で手を繋いで、「ニコイチ」であることで。
すばるさんが自由に歌えるようになれば、関ジャニ∞が大きくなれれば、彼はニコイチでどっちが横山でどっちが村上かわからなくたってそれでよかった、そういう時期があったんだろうと思います。

で、今。
その「ニコイチ」は関ジャニ∞にとって必要なのか。
…過去の映像を見ていく中で、村上さん自身が「ほら、2人でひとつみたいなトコがあるやんか」と言っている映像を偶然見つけて、考えたんですよね。
2人でひとつ、彼らの中である意味必然だったその状況が、今はもう必要のないくらい、個人で活躍できるようになったんだなぁ、って。
必然が必然でなくなった、そんな時がきたんだなぁって。
もちろん、関ジャニ∞がこれ以上大きくならないのか、と言わればそんなことはない、NOです。
そのためにヨコとヒナが手を繋がないといけないことはきっとたくさんあるのだと思います。
だけど、今はすばるさんを含め3人は「支えて」「支えられる」綺麗な正三角形の関係で、その中に、下の4人が入っていって綺麗な7角形になることもできるようになってきたよな、って。
ヨコとヒナだけが手を繋いでいろんなところで支えて仕事して活躍して、っていう時期はもう終わってしまったんだなぁと、なんだか感じてしまったのですよ。

物凄く抽象的な書き方をしていますが、つまりは。
横山さんと村上さん、私たちにとっては「ニコイチ」な2人を見るのは、2人だけにわかる気持ちをきっと共有できているのだろうという期待や、2人だけにしかわからない間合いやなにやをかみしめられる喜びがあったわけですが。
関ジャニ∞が大きくなっていく中で、絶対に「ニコイチ」である必要がなくなったくらい、横山さんも村上さんも、関ジャニ∞も、強く大きくなったんだなぁって。

…それを良かったなぁと思う反面、やっぱり寂しいって思うことを許してほしいな、とは思います(苦笑)
というかさ、SMAPでいうと木村さんと中居さん、KAT-TUNでいうとカメちゃんと仁くん、みたいな、いわゆる「シンメ」っていう考え方がジャニーズにはあるけど、ヨコヒナだって「シンメ」と言えば「シンメ」なんだけど、この人たちって「シンメ」とかっていう言葉よりも「相方」とか「コンビ」っていうイメージが強い人たちだからさ、なんかコンビ解散くらいの勢いの寂しさがあるのよ、このヒルナンデスからの卒業っていうのは!って思ったりしてます←(爆)
そう、ダラダラ書いてて思ったのだけど、きっとそういうことなのだな(苦笑)
でも、ヨコとヒナは決して「コンビ」としてこの世の中に出てきたわけじゃなくて、すばるさんを支えるためだけに出てきたのでもなくて、「関ジャニ∞」の一員で、ひとりのタレントとしてでてきたわけで。
コンビ売りをずっとしていくわけでもないし、むしろコンビ売りするならグループである意味もないのだし、と思ったりもするのだけど。

…とここまで書いて、ヒルナンデスみて、用事して、で今なんですが。
最後、横山さんに託します、と村上さんが言った時。
ふ、と、3年前のレコメンを思い出しました。
横山さんが村上さんにあの場所を託したあの日。
そして、今日、村上さんが横山さんに場所を託して去っていく。
きっと誰よりもしんどい思いをしているのは、2人、なんだなぁ。
勝手に周りが悲しんだり憂うことを、賢いあの人たちが感じていないわけなんてないもの。
ヒルナンデス放送中に感じた、「村上さんの想いも、ファンの想いも横山さんが背負ってる」っていうのは、3年前のレコメンの時にも感じた「横山さんの想いも、ファンの想いも村上さんに託された」っていうのと殆ど同義なんだなぁなって。
…ホント、「ヨコヒナ」っていうのは罪作りですよ。
きっと2人とも「終わる事」や「変わる事」に悲しみとか苦しみを抱えている。
私たちファンよりももっとずっと抱えている。
2人でやってたらやりやすいところなんてわかりきってるし、補い合える所なんてたくさんあるし、そこから自分が頑張らないと、っていう思いを強くもたなきゃいけないなんてしんどい事だもの。
それでも、自分たちが「終わり」を迎えて「前に踏み出す」ことをしなければ、維持するどころか衰退することを2人とも口にしなくてもわかっている。
「ニコイチ」であることは表に見えにくくなるのに、やっぱ彼らは「ニコイチ」で、同じ方向に手を繋いで歩こうとしてる。
…罪作りだよ、泣けてきちゃう。
泣いたら余計に2人はしんどいのかもしれないのにね。
番組で容易に見る事はできなくなっていってるのかもしれないけど、彼らはまた新しい道に進んでいくんだな。
2人はいつもそうして、見えてても見えなくても手を繋いできたし、きっとこれからもそうなんだろうな。

ファンもこの「ヨコヒナ」を好きな人は多いけど、「ヨコヒナ」を好きなのは、ファンだけでなくメンバーもだよな、といろいろ関ジャニ∞の関係性をみていくうちに思いました。
特にすばるさんね。
かつてはみ出した歪な形の三角形の頂点にいた彼は、ヨコとヒナがニコイチである事のメリットもデメリットもきっとわかっているでしょうね。
それでも通じ合ってる2人を見てるととても嬉しくて楽しくて、いじりたくって仕方ない。
そんな姿をこれまで見てきたなぁって。
亮ちゃんも2人がいるとよく「レコメンやって」って言ってたし、2人が絡めば絡むほど、大倉もヤスくんもマルちゃんもなんだかうきうきしてて(笑)
そんな関係性がこれからすぐに見れなくなるわけでもないし、むしろヨコとヒナはお互いが離れる事でもっと違った角度からその人の事をみるようになって、お互いのよさってのを引き出せるだろうな、とも思ったりします。
あの人たちはそういう人たちなんだよな。
だから今回の事は、マルちゃんがレコメンから卒業したことも含めて、関ジャニ∞の中の大きな歴史になってるだろーなって思います。
彼らの関係性がより深くなっていくその時期がきた、そんな感じ。

すんげえダラダラ書いてるけど。
私は今回の「卒業」が決してマイナスばかりでない、っていう根拠のない自信をもっていて。
どちらかというとこれが必要だったのだと思う日が絶対にくると思っていて。
想いは人それぞれなので、こんなちょっと抜けた想いよーわからへんで、みたいな人も多いとは思うのですけどね(爆)
そんな気持ちで見ているからなのか、卒業SPはヨコヒナどうのってだけじゃなくて、ヒルナンデスの共演者やスタッフさんまでもが「悲しいよ」「寂しいよ」って言ってて、でも「村上くん新しいとこでも頑張るんだよ!」みたいな暖かさを感じました。
「祝」の一文字に込められたその思いはきっと、村上さんがまたひとつ大きくなる事へ向けられたものだ、と。
その新たなステージっていうのが、いったい何なのかっていうのは今のところわからないのだけど。
あんなに惜しまれて、決して「降板」なんて言葉では済ましてはいけない、レギュラー番組を卒業する姿を見せられると、オーソレの時と同じように、がんばれ!見守ってるからな!というしかなくなるというかね。
後ろを振り向いてももう変わらないのだから、前に進むしかないよね、という気持ちにさせられるというかね。

ヒルナンデスにしてもレコメンにしても、そこに放り込まれる中間桐山も大変だなーとは思います(苦笑)
私はこの「交代」がもちろん本人たちのせいだと思ってないし、もっというと事務所云々ってのも実はあんまり思っていなくて。
あとはスタッフ云々も思ってません←上に書いたように、ヒルナンデスはもちろん、レコメンもそれを惜しんでいたように思ったから。
逆に村上さんのポジションに誰が変わったら納得できるのか、って考えたって誰がきたって納得できないわけで、それはレコメンで証明済みなわけで
(丸山さんが来る事が嫌だったんじゃなくて、自分の知ってるレコメンでなくなることが嫌だったわけだから、3年前のあの時だって私は、あれが「メンバーである丸山さん」であっても確実に「よかったね!」と言えなかったわけで)
丸山さんの時もそう思ったけど、あの空気の中に入っていって2人は何を感じただろうなぁ、2人もきっとしんどい思いをするんだろうなぁって(苦笑)
でもま、だからといって2人の心配をするわけではないんだけど(爆)
横山さんと村上さんが、できるだけ気負いなくイライラせずお仕事できるように、しっかりしてよ、という気持ちはあるけれど(爆)
きっと応えてくれるでしょう。
横山さんも村上さんも、応えてくれるだろうことを信じているだろうしね。



長く続いていて、守っていてほしい場所っていうのはたくさんあります。
これからもずっと続いていってほしいものも、私の中にはたくさんあります。
レコメンだって、ヨコヒナは難しくてもヒナマルで続いてほしかったし、ヒルナンデスだってヨコヒナがずっと出続けてほしかった。
それは紛れもない思い。
だけど「関ジャニ∞」が長く続くために、前に進むために、今それが必要なのだ、と本人たちが判断したのならきっと、私たちはまた新しい楽しみや喜びをもらう日がくるのだと思います。
人生でこんなに振り回される他人がいるってことはいいんだか悪いんだかですけどもね(笑)



ともかくいったんおわり。
今日はちゃんとレコメンきいてみようと思います。
思い入れが強くていろいろ思うことはたくさんでてきそうだけど、今日はそんな気分なのです(笑)


最後に。
これは私の「想い」です。
そんなことないやい、とか、あんたって能天気でバカだね、って思う人もたくさんいるでしょうね。
でも私は、それでも良いです。
自分の気持ちだもの、わかってもらえなくてもなんだかこうして言葉にできたことで、結構すっきりしています。
まだ処理できないこともあるけど、それでも。
逆に、私とは正反対の「想い」を持つ人が現れたとしても「でもね」って言いながらそれを変えようとも思いません。
想い人それぞれ、引きずるも引きずらないも、見るも見ないも人それぞれ。
見ない事や聞かない事に罪悪感をもたなくてもいい。
でもプラスに捉えてる人がマイナスに捉えてる人を攻撃したり、マイナスに捉えてる人が自分の苦しさを言葉の暴力にするのは見ていて気持ちの良いもんではないなぁってやっぱり思いました(苦笑)
これが言葉の暴力になっいなければいいなーと思いつつ絞めたいとおもいます。



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